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山口地方裁判所柳井支部 昭和35年(わ)50号 判決

被告人 山田良明こと吉岡貢

昭一一・三・七生 人夫

主文

被告人を懲役二年に処する。

但し本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

被告人を保護観察に付する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

被告人が柳井マツダモータース株式会社に経理会計の事務員として雇われ同会社の手形の決済、小切手取扱等の業務に従事中

(一)  昭和三十四年五月十日頃右会社事務室において、同会社々長山本鉄雄から同会社の株式会社神戸マツダモータースに対する金額九万円の支払手形決済にあてるため振出された金額欄白地の小切手一通を預り業務上保管中ほしいままに同金額欄に十四万円と記入し、同日これを柳井市広島銀行柳井支店において換金し、その頃右差額金五万円を着服して業務上横領したとの点、

(二)  同月二十一日頃前同所において、前同様山本鉄雄から柳井マツダモータース株会社の株式会社神戸マツダモータースに対する金額九万円の支払手形の決済にあてるため振出された金額欄白地の小切手一通を預り業務上保管中ほしいままに同金額欄に十万円と記入し同日前記銀行において換金しその頃右差額金一万円を業務上横領したとの点、

(三)  同年六月五日頃前同所において、山本鉄雄から柳井マツダモータース株式会社の国民金融公庫に対する返済金三万八百五十九円の支払方法として振出された金額欄白地の小切手一通を預り業務上保管中ほしいままに同金額欄に五万八百五十九円と記入し同日前記銀行において換金しその頃右差額金二万円をほしいままに着服して業務上横領したとの点、

(四)  同月十日頃前同所において山本鉄雄から柳井マツダモータース株式会社の宮本部品店に対する金額三万円の支払手形の決済にあてるるため振出された金額欄白地の小切手一通を預り業務上保管中ほしいままに同金額欄に五万円と記入し同日前記銀行において換金し、その頃右差額金二万円を着服して業務上横領したとの点、

(五)  同月十五日頃前同所において、山本鉄雄から柳井マツダモータース株式会社が金井石油株式会社振出の約束手形金一万円の代払をするため振出された金額欄白地の小切手一通を預り業務上保管中ほしいままに同金額欄に四万円と記入し同日前記銀行において換金しその頃右差額金三万円を業務上横領したとの点

については被告人はいずれも無罪。

理由

(罪となる事実)

被告人は

第一、昭和三十四年二月二日頃から同年七月三日頃までの間柳井市古開作所在の柳井マツダモータース株式会社に経理会計の事務員として雇われ、同会社の手形、小切手等の決済整理、手形受払簿の記載、手形月別支払期日明細表の作成等の業務に従事していたものであるが、同会社々長山本鉄雄が被告人の作成した手形受払簿や手形月別支払期日明細表にもとづいて、小切手等を振出していたのを奇貨として、右山本鉄雄から小切手を騙取しようと企て、

(一)  同年四月二十二日頃同会社事務室において、当時真実右会社において山口マツダモータース株式会社に決済しなければならない支払手形もないのにあたかもこれがあるような手形受払簿や手形月別支払期日明細表等を作成し、これを前記山本鉄雄に提示し「柳井マツダモータース株式会社が山口マツダモータース株式会社に対し金額二万円の手形決済をしなければならない」旨虚構の事実を申し向け、同人をその旨誤信させ、即時同所において同人をして額面二万円の小切手一通を振出し交付させ、

(二)  同月三十日頃前同所において、前同様の手段方法で前記山本鉄雄を欺罔し、即時同所において同人をして額面三万円の小切手一通を振出し交付させ、

(三)  同年六月十八日頃前同所において当時真実柳井マツダモータース株式会社が宮本部品店に決済しなければならない手形はなのにあたかもこれがあるような手形月別支払期日明細表等を作成し、これを前記山本鉄雄に提示し、同人に対し「柳井マツダモータースが宮本部品店に金二万円の手形決済をしなければならない」旨虚構の事実を申し向け、同人をその旨誤信させ、即時同所において、同人をして額面二万円の小切手一通を振出し交付させ、

(四)  同月二十二日頃前同所において、前同様の手段方法で前記山本鉄雄を欺罔し、即時同所において同人をして額面三万円の小切手一通を振出し交付させ

ていずれもこれを騙取し、

第二、金銭に窮した結果

(一)  同年八月十七日午後七時五十分頃大阪市北区梅田町国鉄大阪駅構内中央出札二十八番窓口附近において、荷物台の上に置いてあつた松谷栄洋所有の洋傘ほか八点在中の革製手提鞄一個(時価合計約八千三百円相当)を窃取し

(二)  同月十八日午後七時頃同駅構内中央九州方面行窓口附近において、江口吉之助所有の背広上着等十二点在中のビニール製ボストンバツグ一個(時価合計約八千円相当)を窃取し

(三)  同月二十一日午後六時五十分頃京都市下京区国鉄京都駅構内十八番出札口附近において、光本文子所有の小型ラジオほか衣類雑品等約三十三点在中のスーツケース一個(時価合計約三千三百五十円相当)を窃取し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照すと被告人の判示第一の各所為はいずれも刑法第二百四十六条第一項に、判示第二の各所為はいずれも同法第二百三十五条に各該当し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により犯情の最も重い判示第一の(四)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役二年に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法第二十五条第一項を適用し本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、被告人の過去の経歴および家庭環境等に鑑み、同法第二十五条の二第一項前段を適用し、被告人を右執行猶予の期間中保護観察に付し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り全部被告人の負担とする。

(昭和三十四年十一月十六日附起訴状記載の公訴事実中第二の各事実に対する判断)

昭和三十四年十一月十六日附被告人に対する起訴状記載の公訴事実第二および検察官の釈明によれば「被告人は昭和三十四年二月二日から同年七月三日までの間柳井市古開作柳井マツダモータース株式会社に経理会計の事務員として雇われ、同会社の手形決済、小切手取扱等の業務に従事していたものであるが、

(一)  同年五月十日頃右会社事務室において、同会社々長山本鉄雄から同会社の株式会社神戸マツダモータースに対する金額九万円の支払手形決済にあてるため振出された金額欄白地の小切手一通を預り業務上ほしいままに同金額欄に十四万円と記入し、同日これを柳井市広島銀行柳井支店において、換金し、その頃右差額金五万円を着服して業務上横領し

(二)  同月二十一日頃前同所において、前同様山本鉄雄から柳井マツダモータース株式会社の株式会社神戸マツダモータースに対する金額九万円の支払手形の決済にあてるため振出された金額欄白地の小切手一通を預り業務上保管中ほしいままに同金額欄に十万円と記入し、同日前記銀行において換金し、その頃右差額金一万円を業務上横領し

(三)  同年六月五日頃前同所において、山本鉄雄から柳井マツダモータース株式会社の国民金融公庫に対する返済金三万八百五十九円の支払方法として振出された金額欄白地の小切手一通を預り業務上保管中ほしいままに同金額欄に五万八百五十九円と記入し、同日前記銀行において換金し、その頃右差額金二万円をほしいままに着服して業務上横領し

(四)  同月十日頃前同所において、山本鉄雄から柳井マツダモータース株式会社の宮本部品店に対する金額三万円の支払手形の決済にあてるため振出された金額欄白地の小切手一通を預り業務上保管中ほしいままに同金額欄に五万円と記入し同日前記銀行において換金し、その頃右差額金二万円をほしいままに着服して業務上横領し

(五)  同月十五日頃前同所において、山本鉄雄から柳井マツダモータース株式会社が当時金井石油株式会社振出の約束手形金一万円の代払をするため振出された金額欄白地の小切手一通を預り業務上保管中ほしいままに同金額欄に四万円と記入し同日前記銀行において換金しその頃右差額金三万円を業務上横領し」

たというのであるが、前掲証人山本鉄雄の当公廷における供述および被告人の検察官に対する昭和三十四年九月二十六日附同月二十七日附各供述調書に徴すれば被告人は柳井マツダモータース株式会社の単なる事務員にすぎず同会社々長山本鉄雄の署名した小切手に同人の承諾なしに勝手に、被告人の欲する金額を記入することのできなかつたことが認められるから、被告人が右山本鉄雄の振出した白地小切手の金額欄に勝手に行使の目的で同人の承諾しない金額を記入することは刑法第百六十二条第二項の有価証券の虚偽記入罪を構成し(もつとも学者によつてはこれを虚偽記入ではなく有価証券の変造ないしは偽造と解しているが、通説判例は虚偽記入と解している。――大審院大正十一年十月十八日判決大審院刑事判例集一巻五五三頁、同大正十二年十一月二十九日同判例集二巻八七三頁、小野清一郎著刑法講義各論一一八頁参照)その虚偽記入した有価証券をあたかも真正に成立した如く装つて他人に呈示してこれを行使し、換金すれば更に刑法第百六十三条、第二百四十六条の虚偽記入の有価証券の行使詐欺罪を構成することは格別、右有価証券を行使して他人から騙取した金員の一部を勝手に着服ないし費消したとしてもそれは賍物の事後処分行為であり、新たに別個の横領罪が成立するものではない。そして検察官の釈明によれば前記公訴事実中には被告人の前記有価証券の虚偽記入、同行使詐欺の訴因は含まれていないことが明瞭である。もつとも検察官は昭和三十五年一月二十二日附第五回公判において訴因並びに罪名及び罰条追加請求書にもとづいて、被告人は

(一)  昭和三十四年五月十日頃柳井市広島銀行柳井支店において、同支店預金係富田栄美子に対し自己が偽造した柳井マツダモータース株式会社取締役社長山本鉄雄振出名義の金額十四万円の小切手一枚を恰かも真正に成立したもののように装うて呈示して現金の支払を求め、同人をしてその旨誤信させて、所定の手続を為さしめ即時同所において同支店出納係員より同銀行所有の現金十四万円を交付せしめてこれを騙取し、

(二)  同月二十一日頃同所において同支店預金係岡村哲典に対し自己が偽造した柳井マツダモータース株式会社取締役社長山本鉄雄振出名義の金額十万円の小切手一枚を恰かも真正に成立したもののように装うて呈示して現金の支払を求め、同人をしてその旨誤信させて所定の手続を為さしめ即時同所において同支店出納係員より現金十万円を交付せしめてこれを騙取し、

(三)  同年六月五日頃同所において前記岡村哲典に対し自己が偽造した柳井マツダモータース株式会社取締役社長山本鉄雄振出名義の金額五万八五九円の小切手一枚を恰かも真正に成立したもののように装うて呈示して現金の支払を求め、同人をしてその旨誤信させて、所定の手続を為さしめ、即時同所において同支店の出納係員より現金五万八五九円を交付させてこれを騙取し、

(四)  同月十日頃同所において前記岡村哲典に対し自己が偽造した柳井マツダモータース株式会社取締役社長山本鉄雄振出名義の金額五万円の小切手一枚を恰かも真正に成立したもののように装うて呈示して現金の支払を求め、同人をしてその旨誤信させて所定の手続を為さしめ、即時同所において同支店出納係員より現金五万円を交付せしめてこれを騙取し、

(五)  同月十五日頃同所において前記岡村哲典に対し自己が偽造した柳井マツダモータース株式会社取締役社長山本鉄雄振出名義の金額四万円の小切手一枚を恰かも真正に成立したもののように装うて呈示して現金の支払を求め、同人をしてその旨誤信させて所定の手続を為さしめ即時同所において同支店出納係員より現金四万円を交付せしめてこれを騙取したものである」

とし罪名を詐欺、罰条を刑法第二百四十六条として訴因並びに罪名および罰条を択一的に追加しているが、前記業務上横領の公訴事実と右訴因並びに罪名及び罰条追加請求書記載の公訴事実とが同一事実でないことは本件控訴審における判決の指摘するとおりであり、前記業務上横領の訴因を右のような詐欺の訴因に変更することもまた追加することも許されないと解すべきである(法律実務講座第五巻九五七頁参照)したがつて被告人の前記各業務上横領の点はすべて有価証券の虚偽記入、同行使、詐欺罪により得た賍物の事後処分行為であり右詐欺罪と別個に新な犯罪を構成するものでないから刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をする。

なお検察官の前記訴因並びに罪名及び罰条の択一的追加請求は前叙説示のとおり不適法であるからこれを却下する。

よつて主文のとおり判決した次第である。

(裁判官 藤本忠雄)

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